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マロン☆マロニー 

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先日、ラジオでシベリア抑留の生存者の方が、
体験は過酷で悲惨なので、語りたがらない人もいるが歴史的事実を、忘れずにいて欲しいと話されていました

コデマリはシベリア抑留と聞くとマロニーを連想してしまいます。
お店のランチでもよく使う素材なので
以前 マロニーについて調べてみた事があるからです。
 
会社のホームページには興味深い記述がありました


      。。・・マロニー名前の由来・・。。。

ネーミングについては
マロニーの創作者であり、創業者の吉村義宗は、終戦後シベリアでの抑留生活を余儀無くされました。
その厳しい生活のなかでの体験が、その後の彼の人生に大きな影響を与えます。そして、マロニーもその例外ではありません
日本に帰って来た吉村が開発したのが、ジャガイモのでんぷんを原料にしてつくる新しいはるさめでした。
さてこの画期的な新製品にどんな名前をつけようか。当時の専務が頭をひねって考えたネーミング案の一つに、吉村の心を強く揺さぶるものがありました。それが「マロニー」です
「まろやかに煮えるから、マロニー」というシンプルな連想だったのですが、吉村はその響きから遠くシベリアの工場で一緒に働いていた一人のロシア娘を思い起こしたのです。
愛称マロン。愛くるしい笑顔が印象的で、誰にも別け隔てのない明るい性格の持ち主で、暗くてつらいシベリア生活のなかでも、彼女のまわりだけはいつも明るい光が満ちあふれていました…。「まろやかさ」と、このシベリア少女のイメージを重ね合わせて、吉村はこの画期的なはるさめを「マロニー」と呼ぶことに決めたのでした

というのが、この説のあらましですが、真実は吉村の胸のなかにしまいこまれたままです。いつかすべてが明らかになるまで、自由に想像力をはたらかせて楽しんでいだければ幸いです
                  (ホームページより)
と、結ばれています。
ハッキリした事は社内でもわからないとは・・・


創始者の吉田氏もやはり、シベリア抑留の記憶について多くを語りたくなかったのでしょう

氏はマロンちゃんに ほのかな恋心をいだいていたかもしれません。
(言葉をかわす位はあったのかも)
いやいや、人に言えないくらいだから もっともっと
考えている以上に 深く関わったエピソードがあるのかも。


色彩のない土地の一筋の光。
そして 悲しい結末??
いずれにしろ
彼女の笑顔が 深く心に刻まれて 社員がマロニーと偶然的につけたネーミングにピピッときたんだと思います。

社名にまでしてる位ですから。
あの時、極寒の地での日々を 思えば 会社経営位なんのその・・・と思えるのでしょうね。

体験をした者でなければ わからない事ですが 
せめてマロニーを食べている時位は シベリア抑留者の方々について考えてみようと思います。

Comments

マロニ-にそんな過酷な歴史があったとは…
我が家では、その歴史を知らず、マロニ―の事を、
ピリンピリンと呼んでいました…

ピリンピリン?

マロニーをピリンピリン?
な、なんでピリンピリン?
な、なんで…^_^;

ピリンピリンの訳

えとな…マロニ―って、お鍋からお箸で持ち上げた時、ピリンピリンって揺れるやん??兄がまだ幼い時、その様子を見て『ピリンピリンちょうだい』ってゆったのが由来やねん…
長年、我が家では、ピリンピリンってゆってるから、今更マロニ―ってゆうのが気恥ずかしくて…

なるほどなぁ

純子ちゃんのご家庭では
「あっ、お母ちゃん。ピリンピリンがパーパッ(無くなりかけてる)なってるぅ。
早くポンポン(追加でいれて)してぇ。」
なんて会話がとびかってたに違いないわ。

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